丸駒温泉は、支笏湖の湖畔にそびえる恵庭岳(1,320m)のおひざ元に静かにたたずむ温泉宿。
支笏湖は水深が日本で2番目に深く面積も日本で8番目に広い巨大なカルデラ湖だが、一面見渡しても人工物が見当たらず観光地化されていない素晴らしい大自然が広がっている。恵庭岳、風不死岳、樽前山といった名山にも囲まれ、さらに大正4年から続く歴史を持つこの温泉宿、まさに秘湯と呼ぶにふさわしい。一年の膿みは秘湯で排出するのが毎年のルーチンになってきた。<文/写真:Yuki Fujimura>
氷点下のハシゴ酒
冬の北海道を訪れるのは初めてだった。
夏に道東を訪問した時も「過ごしやすい気候だし、移住したいなぁ。」なんて飲み屋などで話してみるものの、皆が口を揃えて「一度、冬来てみるのがいいんじゃない?」と言ってくる。多くの道民には「北海道の本気を知らない都会に住む人間のたわ言だ。」と思われていたはずだ。
今回の札幌訪問は、仕事のついでではあるものの、北国の厳冬を体験できると密かに楽しみにしていたのだった。出張用の荷物に12本歯のアイゼン、スポルティバのイエティを忍ばせ、飛行機に乗り込んだ。
札幌は雪がぱらつき、歩道は雪に覆われ凍結していた。ちょうど低気圧が通り過ぎるタイミングで気温は-5℃、肌の露出部がヒリつく寒さ。夕方になると狸小路は賑わい始め、みなアルコールで体を温めようとしているようだった。郷に入っては郷に従へということで、さっそく1件目の中華料理屋”香州”へ向かった。
17:00の開店前に既に10人程度の行列ができていた。極寒の中で、氷に滑る人とスニーカーやヒールを履いて堂々と氷上を歩く人とで道民か観光客かの見分ける暇つぶしをしながら10分ほど待つと、店内に案内される。私の高校時代に流行ったぶかぶかのスウェットパンツを履いたコギャルに心地よい接客をしてもらい、餃子とエビチャーハンと瓶ビールでお腹を満たす。
2件目は立ち飲み屋に入る。
店員さんに「たちおでん」をお勧めされ注文してみると、何やら白いプリプリしたものが出汁に浸かった想像していない料理が出てきた。私の戸惑いリアクションを見て店員さんがすかさず「道民の方じゃないですね?」と聞いてくる。恥ずかしながら、立ち飲み屋のおでんなので「たちおでん」だと思っていた、北海道では「たち」は白子を指すようだ。
たちおでんを美味しくいただきつつ、冬の寒さについて店員さんに聞いてみる。寒さはまだまだ序盤、1〜2月にかけて雪がさらにつもり、寒さも厳しさを増していくようだ。現在の気温は-7℃であった。
寒さの不安に駆られながら、ラーメンを食べて明日の北海道冬山初登山に備えることにした。


イチャンコッペ山
トムラウシ、カムイヌプリ、オプタテシケ等々、北海道の山はアイヌ語由来の独特の表現と語感がとりあえず心地よくて、アイヌの人々の自然への畏怖のようなものが名前に反映されているところも良い、登るならカタカナの山名一択だと思っていた。
今回はソロ登山かつ出張ということもあり、無理はせず札幌から車でのアクセスも良い丸駒温泉のすぐ近くにあるイチャンコッペ山に登ることにした。名前の由来は、アイヌ語の「イチャン(鮭・鱒の産卵場)」と「コッペ(流れの速い川)」が合わさった山名のようだ。つまり夏にくれば魚が良く釣れるのだろう。
登山口は国道453沿いのポロピナイ展望台の横ににひっそりと佇んでいた。車は4台止まっておりトレースもある、とりあえず第一関門突破、人の気配にホッとした。
黙々と樹林帯を登り、幌平岳分岐でスノーシューを装着。今回初めてスノーシューを使ったのだが、フレームが急登を面で捉えクランポンでしっかりホールドしつつ、ヒールリフトが足を平坦にしてくれるので、いわば階段を登るような感覚で雪の斜面を登ることができる、スノーシューは一見大きなフレームが邪魔して動きにくそうではあるが、登りにも非常に有効でスイスイと登れてしまう快適さとのギャップは一度ハマると抜けられなくなりそうだ。



山頂で50代後半〜60代前半と思われる中年男性二人組と出会った。1人は軽やかな足取りで山頂手前の登りを終え、気持ちよさそうに深呼吸で冷たい山の空気を吸い込んでいた。もう1人は恰幅がよく、汗をかきながらゆっくりと登ってきた。どうやら1時まですすきののスナックで呑んでいたようだ。
YAMAPのみまもり機能の連絡先をスナックのママに設定し、都度自身の安全を通知しているらしい。そして下山後にまたスナックに行き、山であった出来事を共有しながら楽しくお酒を飲むんだそう。なんだかSNSの投稿を見て淡々といいねを押す数秒の作業とは違う、暖かいコミュニケーションがそこにはあるような気がした、そんな想像をしてしまいつつ、山頂での心地よい雑談タイムを終え下山の路についた。





秘境温泉丸駒温泉旅館
丸駒温泉旅館は、大正4年(1915年)に支笏湖畔で開業された温泉旅館で、旅館名「丸駒」は、当時この地で働く馬(昔は若くて元気な馬を「駒」と呼んでいた)が傷を癒したことに由来しているようだ。湯治客、支笏湖の釣り客、 恵庭岳の登山客などが数多く訪れ、今では皇族も訪れる名湯としてを100年続いている。


早速洗い場に入ると、「高温」「中温」「低温」と表示のある三つの内湯、さらにガラス張りの先に露天風呂と支笏湖越しの樽前山が目に飛び込んできた。さらにサウナと、露天エリアには水風呂と休憩用の椅子が3席並んでいる。
これは当たりだ、、、と思わざるを得ないほど、露天からの景色が雄大なのだ。
まずは低→中→高と順番に内湯に浸かり段々と血流を促進しつつ、サウナと-7℃の極寒外気浴の組み合わせによる急激な温度変化で体を締める、極寒の外気よくもなかなか良い。
ひと通り風呂を堪能したところで、風呂に入る前に気になる看板があったことを思い出した。
「30m先、野天風呂あり」
丸駒温泉にはもう一つ”天然野湯”という地面から湧く温泉があるのであった。
全裸で氷点下の渡り廊下を歩き、引き返すかこのまま進むかの葛藤を2〜3回繰り返しつつ30mを歩ききり、やっとの思い出たどり着くとそこには湖面とほぼ平行、湖と岩場のみで隔てられた豪快な野天風呂が広がっていた。浴槽内は足が沈み込むほど細かい砂利で、なによりめっちゃぬるかった。
自然環境がそのまま反映されたワイルドな野湯、まさに日本秘湯を守る会の理念に相応しい秘湯であると感じた。ぬるいながらもじわじわと体が温まる不思議な秘湯に大満足、心と体の両面が癒された極寒の秘湯山旅だった。


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